鯉のぼりの由来を子供向けに解説して尊敬されたい!

雑学
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5月5日のこどもの日。
この日を「端午の節句(たんごのせっく)」とも言い、鯉のぼり(こいのぼり)を飾ります。

 

・・・ってか、なんで魚を飾る??
魚を空に飾るなんて、冷静に考えたら意味がわからないしちょっとウケるんだけど!

 

ということで、今回は鯉のぼりは、いつ頃からどうして飾られるようになったのか、その意味や由来を徹底的に調べてきました。

 

パパやママが小さい子供さんにも分かりやすく話せるようなお話と、これから鯉のぼりを用意するおじいちゃんおばあちゃんに便利な情報も盛りだくさんだよ!

5月5日は縁起でもない悪い日だった!?

実は、端午の節句の歴史はすごく古くて、紀元前3世紀ごろに中国で始まったと言われています。

 

詳しくは、端午の節句の由来がこの上なく簡単にわかる解説記事でも紹介しているのでそちらの方がより細かいのですが、当時、5という数字がこの上なく縁起でもない不吉な数字だったんですよ。

 

今でこそ、5月5日と言えばさわやかな初夏の気候ですけど、昔は今でいう6月初旬~中旬ごろ、つまり、急に蒸し暑くなって体を壊したり雨が降って水害が起きたりするような、ちょっと憂鬱な季節なのですよ。

 

それに、端午の節句がはじまった頃、たまたま天災が次々と重なったそうで、「ヤバイ。なんか呪われてる!」みたいな気分になったのでしょう。

 

だから、5がつく月の5日、つまり5月5日は地球が滅ぶんじゃないかと心配になるほど縁起が悪い日とされていて、とにかく厄除けになるおまじないを熱心におこなったのです。

 

特に、薬草でもある菖蒲(ショウブ)やヨモギを玄関に置いたりしまくって、悪いことが起きないようにと願ったわけですよ。

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その習慣が奈良時代頃に日本にも入ってきて、おしゃれな貴族たちがさっそく真似をするようになったのですが、時代が流れて武士が台頭する鎌倉時代頃「菖蒲・・・ショウブ・・・尚武(武芸を重んじること)・・・勝負!!」これは武士のお祭りにうってつけじゃないか!ということで、武士の間で鎧や兜を飾り、跡取りの男の子が無事に大きくなって子孫が繁栄するようにという行事になっていったのです。

どうして鯉のぼりを飾るの???

武士は武士でも特に将軍家だった徳川家では、5月5日の端午の節句に鎧や兜を派手に飾るだけじゃなく、戦争に持っていく幟(のぼり:旗のこと)をででーーんと目立つように飾って、跡取りの成長や徳川の世の繁栄を願いました。

 

「次の将軍様はすごいんだぞ~~!!徳川は強いんだぞ~~~」みたいなのを見せ付けるために、派手に旗を立ててお世継ぎの節句を祝ったわけですよ。

 

それを見た武士の家でも、「さっすが!!将軍様ののぼり、かっこいい!」「旗、いいねぇ!!うちもやろうぜ!」と、真似してのぼりを玄関先に飾る家が続出。
当時の幟は、家紋が入った普通に戦争に持っていくような幟で、まだ魚ではありません。

 

紋が入った幟も、武士にとってはプライドに関わる大事なものですから、玄関先に飾って、子供たちに「武士とはこうあるべき」みたいな説教をするようになったのだそうです。

 

それを見ていた町の商人たちが、玄関に旗を飾るのはかっこよくていいね!と真似をするようになりました。

 

実は、この時代の商人は、武士よりもはるかにいい暮らしをする人もいるようなリッチな家も多いのですが、身分がさほど高くなく「武士よりよほど稼いでいるのに報われない」と、面白くない思いをする人もたくさんいました。

 

なので、ことあるごとに武士に対抗して、武士の持っているのよりもはるかに凝っていてリッチな鎧や兜の飾りをわざわざ作らせて飾ったり、派手な幟を玄関に飾るようになったのです。

 

とにかく、武士に対抗して勝ちたい、武士より派手なのがいい、うちはもっとめでたい感じのがいい、と、どんどんエスカレートしていった結果、今のように吹流しと鯉がセットになった鯉のぼりになっていったワケですよ。

”吹流し”と”魚”という異色のコラボはこうして生まれた!

鯉のぼりは、特に江戸時代の商人を中心とした町の人々が、縁起のよさそうなものや出世しそうなものをとにかくいろいろくっつけて作り上げた風習です。

 

最初は武士の家紋の入ったのぼり旗をそっくり真似していたのですが、武士の真似ではつまらないからと吹流しを飾るようになり、吹流しだけでは芸がないからとをつけるようになり、鯉の数が増えたり鯉に金太郎がしがみついてみたり矢車などがついたりするようになっていきました。

 

Japanese_Festival_in_Honor_of_the_Birth_of_Children
引用:Sketches of Japanese Manners and Customs (1869年)

 

これをみると、武士っぽいのぼり旗に吹流しと鯉がついてますね。

 

吹流しは、古くから伝わる五行説に基づく、いわば魔よけのお守りです。
木・火・土・金・水の五つの要素から、赤・青・黄・白・黒の5色をビラビラと飾ります。
(だから本来は5色)

 

鯉は、中国の後漢書という書物に伝わる故事に伝わる「鯉の滝登り」から来ています。
むかし、中国の黄河という川を、たくさんの魚が登ろうとしたけどみんなダメで、唯一、鯉だけが見事に登りきり、竜になったという逸話から、鯉を立身出世の象徴としたわけです。

 

珍しくもなんともない、平凡な魚の鯉が、何階級も飛び越えて最高ランクの竜になっていく様に、町の商人たちは高い身分への憧れや未来、夢を託したのかもしれませんね。

 

他にも、鯉はものすごく環境に強く、綺麗な水だろうが汚いドブ川だろうが平気で暮らせることから、環境に負けないで強く育ってね、という願いも込められています。

 

ちなみに、最初は吹流しだけだったのが、黒い鯉(真鯉)が1匹飾られるようになり、明治以降、赤い鯉(緋鯉)と対になり、子供を表す青い鯉(子鯉)がつくようになったのは昭和以降の話です。

 

koinobori

 

一番上の天球(てんきゅう)は、神様を呼ぶ(神様に見つけてもらう)ための目印です。
「ここに男の子がいます!」というアピールですね。

 

その下にある矢車(やぐるま)も、神様へのアピールなのですが、風を受けて車が回り、カラカラと音をさせることで魔よけの効果もあるそうですよ。

 

吹流しは五行説からくる魔よけなので赤・青・黄・白・黒の5色です。

 

また、イラストでは色が違いますが、一般的に真鯉は黒、緋鯉は赤、子鯉は青とされています。

 

最近では、跡取りだけじゃなく家族の人数だけ子鯉を増やすため、いろんな色の子鯉がついていたり、マンションなど場所をとりにくい住居にあわせた小さいサイズがあったりと現代に対応してきています。

 

で、たまに見かける一番上の真鯉に金太郎っぽい男の子がしがみついているのは、金太郎が自分よりも大きな鯉を捕まえた、というなんだかめでたいエピソードからきているそうですよ。

鯉のぼりや五月人形は誰が買うのが一般的?

そもそも、武士の家で大切に受け継がれ、カビが生えないように虫干しする意味も兼ねて飾られた鎧や兜に、お金だけはある町の商人たちが対抗して、模造品やミニチュアなど、豪華な鎧兜を作らせたことが五月人形のはじめと言われています。

 

五月人形は、通常、お嫁さんの実家が孫に買い与えるのが慣わしです。
その他の親戚や親しい間柄の人は、鯉のぼりを贈ったり、五月人形ほどじゃない人形(金太郎人形など)を贈ります。
ただし、地域によっては男の子のものは男親の家が揃えるという風習もあるそうですから確認しておきましょう。

 

なぜ嫁の実家が贈るのか?って話で、雛人形とも通じるんですけど、昔は娘を嫁に出すと、いくら実の親でもそう簡単には会えませんでしたし、孫が生まれたからといっても、気軽に顔を見に行くことはできませんでした。
(距離的な問題だけじゃなく、メンツや世間体の問題もあった)

 

ですから、孫の初節句の品(雛人形や五月人形)を買い与えるからという名目で、娘の嫁ぎ先に遊びに行き、孫の顔を見たり、娘が元気で大事にされているのか、幸せに暮らしているかを確認したのが由来です。

 

ただ、現在では核家庭が増え、どちらの祖父母とも同居しない家庭が多いですから、どちらの祖父母もが「自分が買い与えたい」と思うケースが増えちゃいました。

 

なので、事前にちゃんとパパやママが誰に何を買ってもらうのかをネゴシエーションしておねだりしておかないと、好き勝手に買ってきて五月人形が2台かぶってしまったり、片方ばかり話がいって、もう片方が仲間はずれの寂しい思いをしたなどとギクシャクされたりしては、子供ちゃんがかわいそうですもんね。

 

「あの五月人形と鯉のぼりのセットが欲しいから、費用を折半でもいいか?」
「嫁ぎ先側は鯉のぼりを、実家側は五月人形を買ってちょうだい」
みたいに、先に根回ししておきましょう。

 

こういった節句の品は、男の子が産まれて最初に迎える3月~遅くとも4月中旬頃までに買い与えます。

鯉のぼりや五月人形はいつからいつまで飾るの?

そういえば気にしたことがなかったけれど、五月人形や鯉のぼりはいつからいつまで飾るんでしょうね~~???

 

ほら、雛人形なら、3月3日をすぎて飾ると婚期を逃すっていうじゃないですか。
だから、飾りっぱなしにすると嫁が来てくれなくなるとかそういうジンクスってないんですかね?

 

実は、端午の節句に関しては、いつまでに片付けないと良くない事が起きる、みたいなジンクスはありません。
いつ出していつしまうというルールがないのです。

 

特に、五月人形の鎧兜に関しては、子供を守る魔よけですので、通年出しっぱなしにしてもOKなんです。

 

ただ、鯉のぼりは出しっぱなしにすると薄汚れて色あせた残念なボロぎれと成り果てますし、もみじが綺麗な季節になっても鯉のぼりが出てるのも違和感あるし、よほど熱心な広島東洋カープファンなんだと思われてもアレですし、程よいタイミングで片付けたいですね。

 

どれくらいなら「程よい」のかというと、おおよそ、春分の日~5月中旬頃まで、です。
別に、春分の日に鯉のぼりを出せといっているのではなく、出すなら春分の日をすぎてから、遅くとも4月中には出してしまいましょうねと。

 

基本、節句の品ですからね。
節句というからには、季節の分かれ目、季節の節目を表しているわけです。

 

端午の節句の場合、季節の節目に当たるのが春分の日から端午の節句まで(3月20日頃~5月5日)にあたると言うわけ。

 

まぁ5月5日に節句を祝ったその日のうちに何もかも片付けてしまうのはあまりにも味気ないですもんね。
でも、端午の節句が済んだら、気候のいいうちにカラッとよく晴れた日を選んで早めにしまいましょう。

 

これは湿気やカビ対策がメインで、ところによっては大安を選んで出し入れする習慣もあるそうですが、必ずしも大安じゃなくてもいいそうですよ。

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